実証性テスト I
Substantive Tests: Part I
🦉 Episode 8: 数字を直接確かめる
いよいよ監査のクライマックス。カイロウは先輩の指示で、売掛金の残高を検証する作業に取り掛かっていた。
💼「今日は確認(Confirmation)をやる。クライアントの売掛金台帳から主要な取引先をピックアップして、残高確認状を送る」
🦉「確認状? 取引先に手紙を送るんですか?」
💼「そうだ。クライアントの帳簿には『A社への売掛金が3,000万円ある』と書いてある。それが本当かどうか、A社に直接聞く」
🦉「なんでわざわざ? クライアントの帳簿を見ればよくないですか?」
💼「帳簿はクライアント自身が作ったものだ。クライアントが数字を操作していたら、帳簿を何回見ても嘘は見抜けない。だから外部の第三者から直接確認を取る。これが最も信頼性の高い監査証拠(Audit Evidence)だ」
🦉「なるほど……自分で作ったテストで自分を採点しても意味がないのと同じですね」
💼「そういうことだ」
先輩はテーブルの上に確認状のテンプレート、封筒、そして取引先リストを広げた。
💼「確認状の作成と発送には、重要なルールがある。まず、確認状の宛先と内容は、監査人がコントロールする。クライアントに任せたら、都合のいい取引先だけに送ったり、金額を書き換えたりするリスクがある」
🦉「クライアントが介在できないようにするんですね」
💼「そうだ。確認状はクライアントのレターヘッド(社名入りの便箋)で作成するが、発送は監査人が直接行う。返送先も監査法人のオフィスだ」
カイロウは先輩と一緒に、確認状を1通ずつ封筒に入れていった。宛名を書き、切手を貼り、封をする。フクロウの翼で封筒を扱うのは少し不器用だったが、1通1通、丁寧に作業を進めた。
🦉「先輩、これ……結構アナログな作業ですね」
💼「電子的な確認もあるけど、原則は同じだ。重要なのは、監査人が発送プロセスをコントロールすること。途中でクライアントが差し替える余地を与えない」
封入が終わった確認状の束を、先輩が郵便局に持っていった。カイロウも一緒についていき、窓口で差し出すのを見届けた。
🦉「郵便局まで自分たちで来るんですか……」
💼「当然だ。クライアントの社内郵便に預けたら意味がないだろう?」
カイロウは確認状の返送を待つ間、先輩に質問した。
🦉「監査証拠って、他にはどんな種類があるんですか?」
💼「いい質問だ。証拠には信頼性のヒエラルキーがある」
先輩は指を折りながら説明した。
💼「最も信頼性が高いのは、今やっているような外部からの直接的な証拠。取引先からの確認状や、銀行からの残高証明書。次に外部で作成されてクライアントが保有する証拠。仕入先からの請求書などだ」
🦉「クライアントが保有していると、改ざんの可能性が少し上がるということですか?」
💼「察しがいいな。そしてクライアント内部で作成された証拠は、信頼性が最も低い。社内の売上集計表とか」
🦉「つまり、情報源がクライアントから離れるほど信頼できるんですね」
💼「基本的にはそうだ。ただし、内部証拠でも内部統制が有効に機能していれば、信頼性は上がる。前回の統制テストがここでも繋がってくる」
🦉「全部が繋がっているんですね……」
💼「それと、もう1つ重要な軸がある。文書化された証拠は口頭の証拠より信頼性が高い。『在庫は問題ないです』と口で言われるより、棚卸表を見た方が確実だろう?」
🦉「口頭の証拠って、そもそも証拠になるんですか?」
💼「なる。ただし、それだけでは不十分で、他の証拠で裏付ける必要がある。これを裏付け証拠(Corroborating Evidence)という。1つの証拠だけでなく、複数の証拠を組み合わせて判断する。これが監査の鉄則だ」
数日後、確認状の回答が届き始めた。先輩が封筒の束を持ってカイロウのデスクに来た。
💼「届いたぞ。照合作業を頼む」
カイロウは1通ずつ封を開けた。取引先の社印が押された回答書。回答に記載された金額と、クライアントの帳簿の金額を1つずつ照合していく。
A社:帳簿3,000万円 ←→ 回答3,000万円。一致。 C社:帳簿1,500万円 ←→ 回答1,500万円。一致。 D社:帳簿800万円 ←→ 回答800万円。一致。
順調に進んでいたが、B社の回答を開いた瞬間、カイロウの目が大きく見開かれた。
🦉「先輩、B社の回答が帳簿の金額と100万円ズレています。帳簿は2,500万円ですが、B社の回答は2,400万円です」
💼「それが差異だ。差異があったら原因を調査する。出荷のタイミングのズレなのか、記帳ミスなのか、それとも意図的な操作なのか。ここからが監査人の腕の見せどころだ」
🦉「どうやって調べるんですか?」
💼「まずクライアントの経理担当者に、この差異について説明を求める。そして、その説明が合理的かどうかを独立した証拠で検証する。たとえば出荷タイミングのズレなら、出荷伝票と受領書の日付を確認すれば分かる」
カイロウは回答書と帳簿を並べ、差異の原因を丁寧に追いかけ始めた。出荷伝票を取り寄せ、日付を確認し、仕訳の記帳日と照合する。結果、12月31日(決算日)にクライアントが出荷した商品が、B社にはまだ届いておらず、B社側では1月の仕入として計上されていたことが判明した。
🦉「タイミングのズレだったんですね。ホッとしました……」
💼「今回は問題なかった。でも油断するな。100万円のズレが、もし出荷伝票で説明がつかなかったら? それは別の調査が必要になる。地味だが、これが実証性テストの実務だ。数字と向き合い、1つ1つの事実を積み上げていく」
カイロウは次の回答書に手を伸ばした。まだ10通以上、照合作業が残っている。地味で根気のいる作業だが、この1つ1つの積み重ねが「合理的保証」を支えているのだと、今は分かる。
📖 今日学んだこと
実証性テストは、財務諸表の数字を直接検証する手続き。確認状は外部第三者からの証拠であり、最も信頼性が高い。監査証拠には信頼性の序列があり、複数の証拠を組み合わせて判断する。これから学ぶインプットでは、実証性テストの種類(詳細テスト・分析的実証手続)と監査証拠の信頼性をより深く理解していこう。